「空の蒼、春の桜を感じる心」の件
おはようございます!
日中は春の足音を感じる陽気もありますが最後の寒波到来で寒い毎日ですね。
日本が地球が怒っている~!
とか勝手に思いますが、大げさですけど人類の生き方とか今までの当たり前を見直した方がいいんじゃないですかね、とか勝手なことを思ってます。
そんなこんなで2月も終わりが見えてきました。
なんとなく、春は好きでいいことありそうですね、と少し前にも書きました。
まあ行動する事でしか人生は変わりませんので、結局自分次第なんですけども。
流れや気分ってのもありますからね。
さてさて。
いつ頃だったかな、30歳になった時くらいですかね。
唐突に春の桜、夏の緑を感じたことがありました。
すっごいフワッとした表現で伝わりにくいんですけどね。
ちなみにこのことを考えるきっかけになったのは最近夜空を見上げた時の月です。
写真映りがよくないですがすごいきれいな月でした。
花見という文化があるように、人は本来ものすごく多感で、美しいものは、きれいなものは本能的に好きなんじゃないでしょうかね。
私はもともとふらふらと公園を散歩したり、歩くのがなんとなく好きです。
単純に街中を目的もなく歩くと、「街」や「人」を感じすことができます。
まあちょっと話が逸れたかもしれませんけど、大人の大切な教養というか、たしなみというか。
そういう五感で感じる何かを大切にするべきだな、と思います。
そういう事に気が回らない、っていうのはきっと自分の何かが病んでいるんだと思います。
何かで聞いたか読んだか。
「四季を感じれればそれだけで酒は十分に美味しい。」
とありました。
お酒飲まない人にはあれですが。
春は桜、とかでいろいろ書いてあった気がしました。
それで酒が美味しくないのは自分の何かが病んでいる証拠だ、と。
現代人はすべからく忙しすぎて病んでいると思います。
ブログとか書いていてなんですけどね。
文明の利器、インターネットや携帯、スマートフォンがもたらしたものはとても大きく人類の発展に貢献したでしょうが、現状人間はそれを使いこなせてない、むしろ振り回されているんでしょうね。
直接的な関係はないでしょうが、間接的であれ、確実に仕事のあり方、やり方も変わってきました。
物事は表裏一体、便利さなものも使い方ひとつなんですよね。
きっかけはなんでもいいから、こんな時代だからこそ。
日々の街並み、何気なく見上げた空の青色を感じる心を失わずに、コミュニケーションを行う努力が必要なんでしょうね。
そんなこんなで街中の息吹に意識を向けつつ、今日も仕事を頑張ろう!って感じで皆さまも頑張りましょう!